塵も積もれば山となる、と似て非なるものとは何なのか?
カオス理論で有名なマサチューセッツ工科大学の気象学者であるエドワード・ローレンツさんは気象予報の計算結果の検証のために同一のデータを初期値として複数回のシミュレーションを行うべきところを、二度目の入力の際に手間を惜しみ、初期値の僅かな違いは最終的な計算結果に与える影響も小さいだろうと考えて、小数のある桁以降の入力を省いたところ、結果が大きく異なりました。この繊細な初期状態依存性はバタフライ効果と後に呼ばれるようになったのです。また、これによりコンピュータによる気象の正確な長期予報が不可能であることが明らかになりました。
バタフライ効果という言葉は皆さんは今までに何度か耳にしたことがあると思います。南米の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすという説明が有名です。バタフライ効果をエクセルでイメージすると下記のようになります。
エクセルの1行目のA列とB列の差は0.000001でしかありません。こんな小さな誤差は我々が日々の生活を営む上では問題にならないでしょう。2行目には「=A1^2-2」という計算式を入力します。 A1セルの2乗から2を差し引くという単純な計算式です。3行目以降は2行目の計算式をコピーします。B列も同じです。2行目に「=B1^2-2」という計算式を入力し、3行目以降のセルに2行目の計算式をコピーします。ただそれだけなのです。すると最初の誤差はわずか0.000001の差でしかなかったのに、最後の行を見ると3.270684の差になっています。1行目のわずか小さな差が行が進むごとに大きな差に発展し23行目に至ってはA列とB列の値が全く違っています。
小さなものが大きくなるといえば、塵も積もれば山となるです。そして、バタフライ効果の場合も小さなものが大きくなるのは同じです。ただし、2つの性質は異なります。
- 塵も積もれば山となる:算術級数的増加
- バ タ フ ラ イ 効 果:幾何級数的増加
グラフにすると下記のイメージとなります。
塵も積もれば山となるは時間の経過とともに同じ数量が同じペースで増えていきます。それに比べてバタフライ効果は最初の頃はほとんど数量に変化はないが、ある時期から数量が急速に増えていきます。この2つはマルサスの人口論が有名です。食料生産は一定の割合でしか増えていかないけど人口はある時点から指数関数的に増えていく。
「戦争前は日本の全部が自己陶酔だね、一種の・・・・・・。始めはちっちゃな嘘なんだ。ちっちゃな嘘をついて、それがバレそうになると、だんだん嘘を大きくしてゆくんだな。しまいにその嘘をほんとだと自分で思っちゃうんだ」
プリンシプルのない日本 白洲次郎 新潮社
「株価の上昇を維持するため小さな不正を働くと次の四半期決算ではこの不正を隠す不正を働く。不正の積み重ねが始まり、やがて果てしない連鎖に飲み込まれ歯止めが利かなくなる」
映画「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」 弁護士ビル・ラリック
「嘘をつくものは、彼のくわだてている骨折の大きさに気付いていない。なぜなら彼はひとつの虚偽を支えるために二十以上の虚偽を発明しなければならぬからである」
格言の花束 堀秀彦 社会思想社 アレキサンダー・ポープ
嘘というのはバタフライ効果に似ていると思いませんか? 小さな嘘から始まって、その嘘を隠すための嘘を付いて、嘘が積み重なってどんどん大きくなっていく。
子どもの頃にやった伝言ゲームをイメージすると分かりやすいです。複数の人たちが一列に並んで一番前の人が後ろの人に伝言を伝えて、それを聞いた後ろの人がまた、自分の後ろの人に伝えていく。そうして一番最後にいる人に伝言が伝わる頃には、最初の伝言とは全く違うものになっていた。
コンビニでバイトをしていたある日、お店をチェックするための指導員が本社からやって来るという話をバイト仲間から聞きました。そのために店長はかなり神経質になっていました。「本社の人が来たらちゃんと挨拶をするように」と何回もアルバイト達に念を押していたのです。それはかなり異様な光景でした。なぜ店長がそれほどまでに神経質になっているのか? 店長から話を聞いて初めてその理由が理解できました。
店長:「この会社には、月2回ほどその地区の店長が300人位集まって全体会議が開かれるんだけど、その会議というのがまさに店長吊るし上げの会議なんだよ。例えば、この前返品返金の処理を間違えた変なレシートがあったんだ。そしたらその店の店長が300人の前で立たされて徹底追求されるんだ。しかも、そのレシートがOHPでスクリーンに大写しにされてね。他にも御歳暮の売り上げが悪い店ワースト10というものが発表されて、1番の店長が徹底追求されるとか。給料泥棒とまでいわれるんだ。僕の知っている店長だけでこの1ヶ月に5人もの人間が辞めているんだよ」
コンビニというのはフランチャイズビジネスのため、コンビニ本部が加盟希望者を募り、加盟店側が本部に毎月ロイヤリティを支払います。その代わりに本部がコンビニ経営のノウハウに基づく指導や新商品の開発、アルバイトの採用、教育などのサポートを行います。ところが私がアルバイトをしていたコンビニはたまたま本部の直営店だったのです。
それで店長から上記の話が聞けたわけです。本部としても早くお店を加盟希望者に売りたいわけですが、お店の売り上げが悪いと売るにも売れなかったのでしょう。それで恐怖政治で指導したのだと思います。もちろん、コンプライアンスにうるさい昨今、そのチェーンが今もこんなことをやっているとは考えられません。その頃は親会社の影響も強かったと思います。今は株主が違うので店の看板は同じでも中身は全く違うと思います。そんな時にAさんから以下の話を聞きました。
Aさん:組織というものは、大きくなればなるほど上にはいい情報しか入ってこなくなる。企業において最も罪が重いのは虚偽の報告をすることである。店舗指導員やマネージャーに指示をしても現場において改善されないことがある。しかし、彼らは出来ていなくても出来たといって虚偽の報告をすることがある。しかし、もし現場において出来ていないという事が上の人間に分かったら店舗指導員やマネージャーにとっては人事上の責任問題になりかねない。そこで下から上がってきた意見は途中で潰される恐れがある。
店長とAさんの話が私の頭の中で溶け合って化学反応を起こすのに時間はかかりませんでした。物事というのは様々な角度から見ることで今まで見えなかったものが見えるときがあります。その時の私はこのように考えたのです。
社員が虚偽の報告をするのは会社が恐怖政治をするからだ。
会社が恐怖政治をするから社員が自分にとって都合の悪い情報を隠すのだ。
Aさんはセブン高日販の理由が見えないと言ったが、見えないのは社員が都合の悪い情報を隠すからだ。
もしかしたらセブンイレブンという会社は他のチェーンと比べて虚偽の報告が少ないのではないか?
店舗指導員やマネージャーが現場において改善する割合が他のチェーンよりも高いのではないか?
その改善率の差があの日販グラフの差の理由ではないか?
つまりセブンの0.1×100(良い事100項目)は、実は他チェーンの▲0.1×100(悪い事100項目)を意味しているのではないか?
そのように考えたのです。ではセブンはどのようにして社員の虚偽の報告を減らしているのでしょうか?
斎藤「日本の会社の場合、売り上げが落ちると、営業マンにはっぱをかけて、君らはもっと頑張れみたいな、精神論でやろうとする会社が多すぎます。そういう精神論は論理的ではないということになりますね」
成毛「一切ないですね。論理的でない人は最後には怒りはじめたりします」
成毛「ビルとは年に4回ぐらい会うのですが、その都度、2日ぐらい、徹底的に論理的な質問しかしてこないわけです。その意味では、今の仕事を十何年もやっていると、自分もビル・ゲイツの質問に答えるために、自分の部下連中に同じような質問をせざるを得なくなるんです。そして、それを全組織でやるのです」
TAC NEWS タックインタビュー vol.112 マイクロソフト日本法人元社長 成毛眞
経営者が部下に対して徹底的に論理的な質問をすることで虚偽の報告を社内から排除する、こういうことだと思います。では、セブンイレブンの経営者はどのような人なのでしょうか?
「まちたまえ、なにを泣きごとを言っているんだ。猛暑だから売れない、暖冬だから売れない、とはなにごとだ。それじゃ自分の無能ぶりをさらしているようなもんじゃないか。きみはこの夏は猛暑だったというが、実際はどうだったか知っているのか。私の調べたデータによると、この8月の平均気温は平年にくらべると1.6度高かったことは事実だ。しかし10月はどうだったのかといえば、平均気温が例年より2.8度も高くなっている。これは何を意味するかといえば、相対的にいうなら異常気象というのは8月ではなく10月だったということになる。そこできみに聞きたい。きみたちはこうした温度差というものをきちんと考慮に入れて品揃えをしているかどうかということだ」
このときは指摘された本人だけではなく、系列企業の社長以下ほとんどの幹部が鋭い刃物で胸をひと突きされたほどの衝撃を受けたという。
鈴木敏文の常識破壊のノウハウ 永川幸樹 青春出版社
セブンイレブン創業者の鈴木敏文さんはジャーナリスト志望でしたが、学生運動に身を投じ書記長の経験まであったということから、就職活動は全てはねられたそうです。何とかして書籍の取次を行っているトーハンに就職しましたが31歳の時に縁あってイトーヨーカ堂に転職しました。ジャーナリストとか書記長とか、もともと物事を論理的に考えるのが得意な人だったのかもしれません。しかし、小売業勤務の経験がなかったので部下からは業界を知らない素人として見られ面従腹背の部下たちに悩まされたそうです。だからこそ謙虚になり、1つ1つ勉強していくしかなかったのです。その一方、鈴木さんは業界の常識にとらわれない素直な視点で物事を見ていきました。
「素直な気持ちで見れば物事のゆがみや世の中の矛盾が分かる」
「うそがあると人間は疲れてしまう。正直な心は人間を大きくする」
「人はときに私を非常識呼ばわりするが、私はただ、当たり前のことを当たり前に言っているだけ」
鈴木敏文の常識破壊のノウハウ 永川幸樹 青春出版社
素人だったからこそ鈴木さんにはプロに見えないものが見えたのではないでしょうか。コンビニという、当時は海のものとも山のものともつかないようなビジネスをやるにあたっては余計な先入観こそ成功の邪魔でしかなかったのでしょう。
アマチュアがその道のプロさえも越えるのは、プロならば考えもしなかったことをやるときなのだ。それには徹底した現状直視と、それまでの方式、つまり常識にとらわれない自由な発想しかないのである。
日本人へ リーダー篇 塩野七生 文藝春秋
私もただの一アルバイト、小売りの素人だったからこそ見えたのかもしれません。カオスという概念を通して見えた景色に私は自分の考えの正しさに確信を強めていきました。
ここまでの考えに至った時、当時の自分は失われたアークを見つけたインディー・ジョーンズのような気持ちになりました。このような現実が世の中に悪い影響をもたらしている、もしこれが本当なら世界を大きく変えることができるかもしれない。いじめもない、虐待もない、差別もない、恐怖政治もない、人が人にやさしい社会、そういうふうに世の中が変わるって思ったのです。ある映画のラストシーンが私の頭の中に思い浮かんでいました。
神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも苦労もない。最初のものは過ぎ去ったからである。
黙示録 第21章